When you wish upon うた

歌に願いを

バーチャル山月記

 

 秋葉原出身の李徴は、たいへん物知りで、非常に才能にも恵まれていたが、平成の最後の年、まだ年少でありながらもTwitterの本人確認試験に合格して、その名前をTwitter著名人としてタイムラインに載せられることになり、さらにはFANBOXやSkebなどで人々の欲求をつかさどる絵描きになった。しかし、その性格は、頑固で人と調和せず、プライドがとても高く、下っぱ絵師の地位では満足しなかった。


 いくらも経たないうちに絵師としての活動を落ち着かせた後は、故郷に帰ってひっそり生活し、他人とのつきあいを絶って、ひたすら二次創作ばかり作っていた。身分の低い非正規雇用者になって、長い間、品のない上司の言いなりになるよりは、同人作家として有名になって、その名を死後インターネットに100年先まで残そうとしたのである。
 しかし、同人作家としての名は簡単には広まらず、生活は日を追って苦しくなっていった。李徴は、だんだん追いつめられ、焦ってきた。
 このころから、見た目も厳しく険しくなり、顔の肉がそげ落ち、骨が飛び出し、目の光だけがむやみに鋭く光って、以前Twitterで本人照合に合格した頃の、ほおのふっくらとしたプロフィール自画像の面影は、どこにも見ることができなかった。

 

 

 

 


 数年の後、貧乏暮らしに耐えかねて、妻子の生活のために、ついにあきらめて、再び東方へと行き、頑なに手を出さなかった成人向けジャンルの作品に関わることに決めた。とあるエロゲーのデザイン職をもらうことになったのである。一方、これは、自分の絵描きとしての将来に半分絶望したためでもある。
 以前、同期であった仲間は、もうはるか高い地位に進み、彼が昔、のろまでにぶい平凡なやつと思ってまったく相手にもしなかった連中の命令をありがたく受けなければならないことが、過去の秀才李徴の自尊心をどれほど傷つけたかを想像するのは容易なことである。結局彼は、仕事にありつけたところでふさぎ込んでしまい、何をしても楽しい気分になれず、その狂気じみてわがままな性格をますます抑えにくくなっていった。

 

 

 


 一年後、仕事が安定しつつあるかと思えた時期、李徴はとうとう発狂した。ある日の夜中、急に顔色を変えて寝床から起きあがると、何か訳の分からないことを叫びながら、そのままパソコンのある部屋へと引きこもり、闇の中に煌々と輝くディスプレイに張り付いたままになった。
 彼は二度と外へと出てこなかった。どんなSNSを探しても、何の手かがりもなかった。その後、李徴がどうなったかを知っている者はだれもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の年、インターネット治安維持を仕事としていた東京の袁という者が、上司の命令でYouTubeを監視していた時のこと。袁がまだ明るいうちにモラルハザードな動画を検索しようとしたところ、上司が言うには、「オススメ動画には切り抜き動画が出てきがちになるので、一度の生配信クリックが検索の妨害になる。すぐに動画の閲覧をせず、監視重点ワードが出るまで、指示を待つのが良いだろう」と。しかし袁は、他の監視員たちが何人もいるから大丈夫だろうと、上司の言うことを聞かずに動画閲覧を始めた。手渡された検索ワードを灯台にして、YouTubeの大海原を通っていったとき、一人のVTuberの生配信が検索結果の中から躍り出た。VTuberは、ピンク髪のツインテール3D美少女で、今にも袁にクリックさせんとする"性癖に刺さる容姿"だったため、さっとディスプレイを上司のいない方向へと傾けて、隠れてクリックし、すぐさまその3Dモデリングを褒めるコメントをした。袁が仕事に使っていたChromeは、本人のGoogleアカウントが同期されていたので、袁はあろうことか本名でコメントしてしまった。


 すると、VTuberからは「えっ!?」という小さく野太い悲鳴と共に、「危ないところだった。」と繰り返しつぶやくのが聞こえた。その容姿からは想像しがたい低い声に、袁は聞き覚えがあった。驚きながらも、彼はすぐに思い当たって、チャットで叫んだ。

 

 

 

 


¥10,000               
その声は、我が友、李徴氏ではないか?

 

 

 

 


 袁は李徴と同じ年に、Twitter陰キャpostで有名人になり、友人の少なかった李徴にとっては、最も親しいインターネッ友であった。おだやかな袁の性格が、けわしい李徴の性格とぶつからなかったためだろう。
 画面の中からは、しばらく返事がなかった。100人近くいる視聴者をよそに、忍び泣きかと思われるかすかな声がときどき漏れるだけである。しばらくして、美少女が答えた。「お察しのとおり、私はあなたの知っているその人です」と。

 袁は我を忘れ、オフィスチェアをデスクに限界まで引き寄せ、ディスプレイへと顔を近づけ、ガワのかわいさを再確認し、そして、何故にその仮想世界から現実へと出て来ないのかと再びチャットで問いかけた。李徴の声が答えて言う。

 「ご覧のとおり、自分は今やVTuberの身となっている。どうして、おめおめと縁を切った人たちの前に、バーチャル美少女受肉した姿をさらせようか」と。自分が姿を現せば、必ず君たちに畏怖嫌厭か……さもなければ可愛すぎる自分にガチ恋の情を起させるに決まっているからだ(そうに違いないと人差し指を立てながら、えっへんというモーションをするツインテールの美少女がそこにはいた)。しかし、今、旧友との偶然の邂逅を経て、そうした懸念をも忘れる程に懐かしい。どうか、この生放送のあとで、我がチャーミングな今の外形を厭ず、かつて君の友人・李徴であったこのバーチャルな自分とVRChat上で話を交してくれないだろうか……

  

 

 

 後で考えれば不思議だったが、この時、袁は、この超架空的な出会いを実に素直に受け容れて、彼女/彼が偽物である可能性を少しも怪もうとしなかった。袁は仕事を忘れて、ディスプレイの傍に立って、Oculus Quest2を装着し、指定されたVRChatワールドのプライベートインスタンスを作成し、すぐさまダイブした。暫くして、送られてきたフレンド申請を承認すると、すぐにバーチャルツインテール美少女・李徴と相対した。ここで袁の声を聞くことになった李徴は、ついに号泣した。

 今はびこる二次創作界隈の噂、旧友の消息、袁の現在のストリーマーとしての地位、それに対する李徴の賞賛。青年時代に親しかった者同志の、あの隔てのない語調で語られた後、袁は、李徴がどうして今の姿へと受肉するに至ったかをたずねた。桃色の二尾をふりふりしながら、美少女アバターは次のように語った。 

  

 

 

 

 

 今から一年程前、自分がインターネットに再進出し、YouTubeにお絵かき動画をアップロードした夜のことだった。一睡してから、ふと眼を覚ますと通知がきており、どうやらコメント欄で誰かが自分を呼んでいるようだった。コメントを見ると、いくつものアカウントが、画面の中からしきりに"仮想"へと自分を招いているのである。覚えず、自分はそれぞれのコメントに対してリプライし始めた。無我夢中でタイピングをしてゆく中に、何時しかAmazonのカートで何かを購入し、しかも、知らぬ間に自分は左右の手でOculusコントローラーを掴んで、仮想空間をひた走っていた。何か身体中に力が充みち満ちたような感じで、軽々と物理オブジェクトを跳び越えて行った。気が付くと、手先やひじのあたりがつるつるに脱毛しているらしい。ホームワールドに戻りHQミラーに姿を映して見ると、既に自分が動画で描いていたピンク髪のツインテール美少女となっていた。自分は初め、眼を信じなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。 

  

 どうしても夢でないと悟らねばならなかった時ーー良くも悪くもVR空間に囚われてしまったのだと理解した時、達成感が湧いてきたのだが、次第に茫然としてきた。そうして恐れた。全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く恐れた。しかし、何故こんな事になったのだろう。わからなかった。全く何事も我々凡人にはわからないのである。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもの、そして凡人のさだめだ。自分は直に、二度とリアルの生活には戻れない意味での「死」を感じた。しかし、その時、眼の前を一匹の美しいフルトラッキング・バニーガールが駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中の理性は忽ち姿を消した。再び自分の中の人間が目を覚ました時、自分はバーチャル空間に溺れ、フルトラッキングウェアラブルバイスオーディオインターフェース、加えてラベリアマイクやダミーヘッドマイクなど、さまざまな機材に囲まれていた。これがバーチャル美少女受肉した際の、最初期の経験であった。

 

 


 それ以来、YouTubeでもその3Dモデルを用いて配信活動を始めた。非常なまでにちやほやされた。ちやほやされるために、今までにどんな配信を繰り返してきたか、それは恥ずかしくてとても語れない。ただ、一日のうちに必ず数時間は、現実を直視する心が戻ってくる。そういうときには、以前と同じく、難しいことを考えたり、「黒棺」の詠唱をそらで言ったり、そういう行為で気分を紛らわせた。その心で、バ美肉VTuberとしての自分の浅はかな行いの軌跡を見て、かつての栄光と照らし合わせながら自分の運命を振り返るときが、最も情けなく、恐ろしく、腹立たしい。しかし、その我に帰る数時間も、日がたつにつれてだんだん短くなっていく。以前は、どうしてVTuberなどになったかと疑問に思っていたのに、この間ふと気がついたら、おれはどうして以前バーチャルに没入していなかったたのか、と考えていた。これは恐ろしいことだ。あと少したてば、おれの中の本来的なリアルの心は、VTuberとしての習慣の中にすっかり埋もれて消えてしまうだろう。ちょうど、ニコニコ動画がだんだん他の動画SNSのなかに埋もれていったように。そうすれば、しまいにおれは自分の過去をすっかり忘れ去り、一人のVTuberとして配信に狂い回り、今日のように生放送で君と出会っても、たくさんの視聴者の中からそれが友であるともわからなくなり、君がスパナ持ちからBANを食らってもなんの悔いも感じないだろう。

 そもそも、バーチャル美少女でも生身の男でも、もとは何かほかのものだったんだろう。初めはそれを覚えているが、だんだん忘れてしまい、初めから今の姿だったと思い込んでいるのではないか?いや、そんなことはどうでもいい。おれの中のリアリティがすっかり消えてしまえば、おそらく、そのほうがおれはしあわせになれるだろう。それなのに、おれの中の人間的な感覚は、どういうわけかそのことをこの上なく恐ろしく感じているのだ。ああ、全く、どんなに、恐ろしく、悲しく、切なく思っているだろう!おれが恵まれた人間だった記憶のなくなることを。この気持ちはだれにもわからない。おれと同じバーチャルストリーマーとなった者でなければ。ところで、そうだ。おれがすっかり現実的な存在でなくなってしまう前に、一つ頼んでおきたいことがある。


 袁は、息をのんで、VRCの中の声の語る不思議に聞き入っていた。声は続けて言う。

 頼みというのは、ほかでもない。自分はもともと絵師として名を残すつもりでいた。しかし、その目的がまだ達せられないうちに、こういう数奇な運命を辿ることになった。昔作った絵は数百枚、当然のことながら、その一部はまだインターネットにはアップロードされてはいない。置いてきた漫画の原稿の行方ももう今ではわからなくなっているだろう。ところで、そのうち、今もなおローカルに保存しておいたものが数十作ある。これらを君のハードウェアに記録したうえで、外の世界へと伝えてほしいのだ。なにも、これによって一人前の作家のふりをしたいのではない。出来ばえは別にして、とにかく、財産を食いつぶし、気を狂わせてまで自分が生涯こだわったものを、たとえ少しでも後の世に伝えなくては、死んでも死に切れないのだ。

 袁は社用PCに命令をして、VRCワールド上の声の言う通りに、クラウド上にあるプライベートフォルダを探し当て、その中にある画像データをローカルに保存させた。

 李徴の漫画や絵は、その美少女アバターの姿に似た主人公を題材としたものが多く、長いもの・短いもの合わせて三十編ほど、画風は今風で、線が細く淡い色合いを特徴としており、オリジナリティにも優れ、ちょっと見ただけで、作者の才能が並みではない、と感じさせるものばかりである。しかし、袁は感心しながらもぼんやりと次のように感じていた。なるほど素質としては一流であることはまちがいない。しかし、今のままでは作品として一流になるのには、どこか(非常に微妙な点で)足りないところがあるのではないか、と。


 昔作った絵を手渡した李徴の声は、突然、自分自身をばかにするような調子に変わって言った。恥ずかしいことだが、今でも――こんなみじめな姿に成り下がった今でも、おれは、おれの画集が日本のサブカル文化人たちの机の上に置かれている様子を、夢に見ることがあるのだ。VRCの中で横たわって見る夢にだよ。笑ってくれ。絵師になり損なって、己の承認欲求のためにバーチャル美少女になった男を。(袁さんは昔、青年だったころの李徴の、自分をばかにする癖を思い出しながら、悲しく聞いていた。)そうだ。笑い話のついでに、自分の今の思いを即席の"絵"にして、君にくれてみようか。この3Dの身体の中に、まだ、昔の李徴が生きている証に。
 そうやって提示されたURLを通して、袁は再びクラウドサービスにアクセスした。PCにダウンロードされたのは、本来の李徴の姿を正確に模したvrmデータだった。

 

 

 

 


 さて時間はというと、バーチャル空間では全くわからない。少なくとも、上司がこちらに向けている目は冷ややかであろう。足早と椅子を立った同僚たちの地面を蹴っていく音が響き、人が少なくなったフロアの間を抜ける冷たいエアコンの風が、もう退勤が近いことを教えてくれていた。袁はもう、事柄の不可解さを忘れ、おごそかな気持ちになって、このバーチャル美少女受肉者の不幸を嘆いた。李徴の声は再び続ける。


 なぜこんな運命になったかわからないと、さっきは言ったが、しかし、考えようによれば、思い当たる理由がないわけでもない。まだリアルな人間であったとき、おれはできるだけ人とのつきあいを避けた。人々はおれに対して「えらそうにしている」「態度がでかい」と言った。実は、それがほとんど自分を恥じる気持ちに近いものであることを、彼らは知らなかった。もちろん、以前、"期待の新人"と言われた自分に、高いプライドがなかったとは言わない。しかし、それは「こわがりのプライド」とでも呼ぶのがふさわしいものであった。おれは絵によって名を後世に残そうと思いながら、積極的に先生について学んだり、自分から目的を同じくする絵の友とつきあって能力を磨きあうことをしなかった。かといって、また、おれは凡人にまぎれて生きることにも満足しなかった。どちらも、おれの「こわがりのプライド」と、「えらそうな恥ずかしがり」とのせいである。自分に才能がなかったらと心配なために、努力して能力を向上させようともせず、また、自分には才能があると半分は信じていたために、凡人の中にまぎれてぼんやり生きることもできなかった。おれはだんだん世間や人とつきあわなくなり、悩み・苦しみや恥ずかしさによってますます自分の心の中にある「こわがりのプライド」を大きくさせてしまった。「人間はだれでも女の子になれるのであり、その精神性は、その人の性格や心のあり方によって左右されるのだ」と聞いたことがある。おれの場合、この「えらそうな恥ずかしがり」という性格がピンク髪のツインテール美少女だった。ピンク髪のツインテール美少女だったのだ。これがおれをメスにさせ、結果的に妻子を苦しめ、友人を離れさせ、最後には、おれの外形をこのとおり、内心にふさわしいものに変えてしまったのだ。今思えば、まったくおれは、おれの持っていたほんの少しの才能をむだに使ってしまったわけだ。「人生は何もしないでいるには長すぎるが、何かをするには短すぎる」などと忠告の言葉を口先だけでもてあそびながら、実際は、才能が足りないことが表れてしまうかもしれないとのひきょうなおそれと、努力をいやがる怠け心とがおれのすべてだったのだ。才能的にはおれよりもはるかに下でありながら、それを一生懸命に磨いたために、立派な絵師となった者がいくらでもいるのだ。VTuberになった今、おれはやっとそれに気が付いた。それを思うと、おれは今も胸を焼かれるような後悔の気持ちを感じる。おれにはもう創作者としての生活はできない。たとえ、今、おれが頭の中で、どんな優れた構図をつくったとして、それが絵になったところで名声に結びつくわけがない。手放しの称賛がわずかに届くだけなのだ。まして、おれの頭は日が経つごとに少しずつ女の子に近づいていく。どうすればいいのだ。男として浪費されてきたおれの過去は? おれはいてもたってもいられなくなる。そういうとき、おれは、配信に向かうのではなく、VRCワールドのポリゴンの岩を駆け上がり、何もない地平に向かって駄々をこねる。胸を焼くようなこの悲しみをだれかに訴えたいのだ。おれはゆうべも、あそこでバーチャル月に向かってじたばたした。だれかにこの苦しみがわかってもらえないかと。しかし、パブリックで開いたインスタンスだったとて、joinしてきた他のアバターたちは、おれの低いうめき声を聞いて、ただ恐れ、ミュートするだけだ。一人のアバターが何か嫌なことがあってうずくまっているとしか考えない。ボタンを押してジャンプし、地面に突っ伏して嘆き悲しんでも、だれ一人おれの気持ちをわかってくれる者はない。ちょうど、まだリアルを生きる人間だったころ、おれの傷つきやすい心をだれもわかってくれなかったように。おれの額がぬれたのは、VRゴーグルのせいだけではない。

 

 


 やっと辺りが静かになってきたところで、デスクの間をぬって、どこからか、終業を告げるチャイムの音(ね)が悲しそうに響き始めた。
 今はもう、別れを告げなくてはならない、自分に酔わなくてはならないときが、次の配信枠の時間が、近づいたから、と途切れ途切れに李徴の声は言った。だが、お別れする前にもう一つ頼みがある。それは私の妻や子のことだ。彼女らはまだ私の地元にいる。いうまでもなく、おれの行いについては知るはずがない。君が職場から帰ったら、李徴はもう死んだ、と秋葉原に住う妻や子に伝えてもらえないだろうか。決して今日のことだけは言わないでほしい。厚かましいお願いだが、彼らの弱い立場をかわいそうに思って、今後とも道端で飢えたり凍えたりすることのないようにとり計らっていただけるならば、自分にとって、これ以上ありがたいことはない。
 言い終わって、美少女アバターから大きな泣き声が聞こえた。袁もまた涙を浮かべ、喜んで李徴の希望どおりにすることを答えた。しかし李徴の声はすぐにまたさっきの自分をばかにする調子に戻って、言った。
 本当は、まず、このことのほうを先にお願いしなくてはならなかったのだ、おれが地に足ついた人間だったなら。飢え凍えようとする妻子のことよりも、自分の成功の見込みもない配信活動のことばかりに気をとられているような男だから、こんなふうに身を落とすのだ。
 そうして、付け加えて言う。袁が再びVRCへと帰ってくるときには、絶対にこのインスタンスへ来ないでほしい、そのときには自分が美少女であることに酔っていて、友と見分けられずにメスを出してしまうかもしれないから。また、今別れてから、YouTubeにあるチャンネルにたどり着いたら、チャンネル登録をして、生配信を見てほしい。自分は今の姿をさらに進化させて、ボイスチェンジャーを導入し、もう一度お目にかけようと思う。可愛らしいところを自慢しようとするのではない。みにくい自分の姿を示して、それによって、帰りにまたここへ戻ってきて、李徴に会おうという気持ちを君に起こさせないためである、と。
 袁は、よく作られたパーティクルをまとったアバターに向かって、ていねいに別れの言葉を言い、セッティング画面を開き、VRCを閉じた。アバターからは、また、がまんできないというような悲しみの泣き声が漏れたのがわかった。袁も何度も両手のコントローラーを左右に振り、泣きながらログアウトした。

 

 

 

 

 

 袁が自宅に辿り着いたとき、彼は言われたとおりにチャンネル登録をし、生配信を眺めた。するとすぐに、一人のピンク髪ツインテール美少女が画面の枠外から飛び出してきた。彼は聴いた、もう従来の声を想像できないほどに変わってしまった彼の声帯を。きっといつも通りの挨拶をこなそうとしていたのだろう。しかし、二、三回セリフを噛んだかと思えば、画面外に飛び出していき、二度とその画面に戻ってくることはなかった。

チョコミント・オブ・ザ・シーズン 私的表彰式

 

 

今季チョコミン統括

 まもなく業界のチョコミントシーズンが終わりを迎えようとしていますが、皆さまチョコミントシーズンをいかがお過ごしだったでしょうか。「三度の飯よりチョコミントがモットーの私ですが、今シーズンにおいても手の届く範囲で可能な限り目に付いたチョコミント商品を食し、見た目のゲテモノさと芳しいミントの香り、チョコレートの甘味を楽しんで参りました。

 私見になりますが、今シーズンはさまざまなお菓子がチョコミント界へ殴り込みをしてきており、ついにチョコミント界にも多様性=ダイバーシティの波が来たなと実感しております。

 さて表題の通り、今期のチョコミントシリーズを統括するべく、ベストチョコミンテイスト商品を称えたいと思います。次に挙げる3つの項目を基準として、私的上位3品を皆様にご紹介しようと思います。基準項目というのは、次の通りです。

 

  1. おいしさ
    言わずもがな、美味しくなければチョコミントではありません
  2. ミント感
    当然ながら、チョコだけではチョコミントとは言えません。
  3. ゲテモノ度
    ご承知の通り、チョコミントは独特の色味で他を圧倒しなければなりません

 

 なお今回紹介するのは、コンビニやスーパー、チェーンの飲食店などで販売されているチョコミント製品に限ります。チェーン店ではない特定のお店に寄らなければ手に入れることのできないユニークチョコミントは含めていません。しかしながら、皆様のユニークチョコミント情報はぜひ頂きたいので、情報については首と舌を長くしてお待ちしております。

 

それでは発表いたします。

 

 

 

 

 

第三位

とろけるチョコミントクッキー(ファミリーマート

おいしさ★★★☆☆
ミント感★★★★☆
ゲテモノ★★☆☆☆

 

 「チョコミントクッキー」と称して、ミント感を出すことに失敗しチョコミントを侮辱してきた作品を何度も見てきました。が、この「とろけるチョコミントクッキー」はクッキーというポテンシャルのなかで、確かなミント感を感じることのできる秀逸なお菓子でした。

 口当たりはまろやか、サクサクしっとり。まるで固形のチョコミントアイスを食べているような風味を感じることができます。これまでの失敗の反省を活かしていることを強く感じさせる商品です。その意味で、チョコミントである必要を感じられなかった品々の屍によって生かされたチョコミント商品であると言えるでしょう。

 なお画像は公式サイトなどでも見つけることができなかったため割愛します。Google先生に聞いてみると画像がたくさん出てくるので調べてみてください。美味しそうの涎が華厳の滝です。

 

 

 

 

 

第二位

ショコラミント(エキナカフェ)

 

おいしさ★★★★☆
ミント感★★★☆☆
ゲテモノ★☆☆☆☆

 

 これほどまでにチョコミントを極めたドリンクが未だかつてあっただろうか。しかも低コスト、200円。恐らくは商品開発担当者の中に、熱烈なチョコミント狂信者がいたに違いないと確信するレベルの完成度。これはチョコミントという概念の中核を吸うことのできる新時代の生命<エナジー>ドリンクである。

 一口飲めば、ほどよいチョコレートの甘さの中に染み渡る適度なミント感。チョコ負けもせず、ミント負けもせず、それぞれがチョコミント神の手によって天秤にかけられ、黄金の配分が生み出されている。

 もし来年も同じ商品が出たとしたら、迷わず箱買い。あ、この棚にあるショコラミント全部、はい、ください、全部です。次の入荷予定も教えていただけますか?冷蔵庫をこのショコラミントで一杯にしてから僕の朝が始まるので。

 

 

 

 

 

 

第一位

31スーパーチョコミントサーティーワンアイスクリーム)

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※公式サイトから借用

 

おいしさ★★★★★
ミント感★★★★★
ゲテモノ★★★☆☆

 

 多くのチョコミント中毒者たちが原典として掲げるのが「17アイス(自販機)」のチョコミントであるはずだが、この31のアイスは第二のチョコミント聖書としてその名を馳せる可能性が高い、と考えていい。

 なぜなら、この「スーパー」と冠されたチョコミントアイスは、チョコミントが内包するありとあらゆる要素をふんだんに取り入れている。チョコミントがチョコミントせしめる要素のうち、どれかひとつでも物足りないということがないように、細心の注意を払って生まれたものに違いない。私が言うまでもなく、君がスプーンでこのスーパーチョコミントの入り口をつついた瞬間に、それはすぐわかるはずだ。

 従来のチョコミントアイスからは考えられないほどに、やわらかく、舌触りも滑らか。マーブルな見た目が、己の中にいるチョコミントの怪物を呼び覚まそうとしてくる。特筆すべきは、その独特なミント感であり、今シーズンのチョコミント商品のどれからも感じることのなかった「フレッシュさ」「スースー感」「芳醇な甘い香り」が一緒くたに訪れた。これを幸福と呼ばずして何が幸せだというのか。

 なお今現在は販売されているかどうか不明。来年復活することを期待すべし。

 

 

 

 

 

 

おまけ:ゲテモノ度部門

チョコミントパンケーキ(ファミリーマート

おいしさ★★☆☆☆
ミント感★★☆☆☆
ゲテモノ★★★★★

 ファミリーマートチョコミントシーズンにおける問題作。食欲を減衰する色彩感に負けず食べるべき逸品。パンケーキですか?青いのなら食べたことありますね。という話題性のためだけでも食べておきたい。私は職場の昼休み中にモシャモシャ食ってたら同僚たちからドン引きされた。

 

ふわふわチョコミントケーキ(赤城)

おいしさ☆☆☆☆☆
ミント感☆☆☆☆☆
ゲテモノ★★★★☆

 今シーズンで最も美味しくなかった。チョコミント界隈の面汚し。冷蔵庫にいれたカイコの繭みたいな見た目も相まって、チョコミントをナメているとしか思えない出来。

 ノリでチョコミント流行ってるし、うちも作ってみますか!という軽い気持ちで商品化したわけではないにしても、チョコミントをこよなく愛するものとしてチョコミントへの冒涜を感じる一品。もはやケーキでもマシュマロでもなんでもない、虚無を食っているような気持ちになる。

 けど赤城さんの商品、全般的に好きなので来年度は期待しています。頑張ってください。

 

 

 

 

 以上、いかがだったでしょうか。「あれがないのでやり直し」というチョコミントサイコパスの皆様からの忌憚なきご意見をお待ちしております。

 

推しと聴きたいクラシック音楽10選

 今回、みなさんが愛する推しのことを夢想しながら聞いてほしいクラシック音楽を、10のシチュエーション毎に1曲ずつ用意しました。メジャーな曲もマイナーな曲も満遍なく用意したので、皆さんの今の気分に合わせて聴いてください。

 今回曲についての余計な情報は書かないでおいたので、まずはみなさんの推しと、各項それぞれのシチュエーションを存分に想像してから、再生してほしいと思います。心揺さぶる情景が、眼前に広がっていくはずです。

  著作権的なラインも配慮して、今回Spotifyのみにしたので、Spotifyに登録してください。再生ボタン押すだけだと、途中からの再生になってしまう。Spotifyが面倒なら、Youtubeで検索すればすぐ出ます。多分。

 みなさんがあまりにも聴かないのでYouTubeから音源を引っ張ってきました。

 

 

 

1、推しとの子供を寝かしつけながら、3人でベッドに横たわりたいときに聴く1曲

プロコフィエフ 交響曲第7番 第3楽章

 

 

 

2、推しと初めて出会った場所で、長らく接近していなかった推しと感動の対面を果たしたときに聴く1曲

ラフマニノフ 交響曲第2番 第3楽章

 

 

 

3、長年寄り添った推しと、懐かしい昔話をしながら、共に生きた喜びを噛み締めたいときに聴く1曲

マーラー 交響曲第5番 第4楽章 Adagietto

 

 

 

4、何気ない日常の中で、妖精のように可愛く麗しい推しと、噴水が綺麗で緑豊かな公園で散歩をしたいときに聴く1曲

プーランク 2台のピアノのための協奏曲 第2楽章

 

 

 

5、まどろみの中、微笑む推しや元気に駆け回る推しの姿を想像しながら聴きたい1曲

カプースチン  8つの演奏会用練習曲 第2番「夢」

 

 

 

6、推しともう二度と会わないと決めたにもかかわらず、自らに宿る推しへの熱情に気づき、深い哀しみの中帰路へ着くときに聴きたい1曲

スクリャービン エチュード 嬰ハ短調 第1番

 

 

 

7、今日出会えたという有り余る喜びとその想いを、ロマンティックな形で推しに伝えるときに聴く1曲

ハーバート チェロ協奏曲第2番

 

 

 

8、何気なく道を歩いていると、遠くからゆっくりと、とても綺麗な姿をした人が歩いてきて、すぐ横を通り過ぎたときとても良い香りがした瞬間に、推しだと気づいて振り返っていた時には、すでに遠くへ行ってしまっていたときに聴く1曲

亜麻色の髪の乙女

 

 

 

9、夢の中で、すぐにでも触れられそうなほどに推しに近づき、めちゃくちゃテンションが上がった瞬間目が覚めてしまったが、今日も一日頑張るぞと思った時に聴く1曲

ラヴェル ソナチネ 第2楽章 メヌエット

 

 

 

10、推しの結婚報告を聴いて、やっぱりそうだよなという謎の納得感と共に、これまでの思い出の濁流に抗いながら、優しい気持ちでおめでとうを言いたい時に聴く1曲

ベートーヴェン ピアノソナタ第8番「悲愴」 第2楽章

 

 

 

 

 

ここまで読んだにもかかわらず、一度も再生ボタンを押さなかった君はとても偉い。

推しのために、本物の涙を取っておいたのだから。

 

アイカツ!から考えるクラシック音楽入門

 

 

 はじめに

 いよいよ2月10日(日)に迫ってきましたMusic 4gamer「オケカツ!」。 生演奏機会を渇望していたアイカツの音楽好きたちにとって、待望のイベントではないでしょうか*1

 

www.4gamer.net

 

 「オーケストラ」と聞くと、なかなか敷居の高い世界だと感じる方もいらっしゃるようで、若い世代にその魅力が伝わっているとは言い難いと思います。また、学生時代にオーケストラ部の演奏を聴く機会があったけれども、その悲惨な音程に耳をそむけて以来、クラシックを聴かなくなってしまったという方も散見されます。私もかつて学生オーケストラに身を置いていましたから、これらのことは十二分に理解できます。

 しかしながら、それだけでクラシック音楽の世界への門を閉じてしまうのはまだ早いのではないでしょうか。この言葉を軽率に使うのもいかがなものかとは思いますが、実はクラシック音楽の歴史にはSHINING LINE*が宿っています

 「オケカツ!」を機会に、若い世代の人たちに少しでもクラシック音楽に興味を持ってくれたら嬉しい! そう思って、今回はアイカツ!(旧カツ)のキャラクターたちになぞらえて、クラシック音楽の作曲家たちとそのSHINING LINE*について紹介をしようと思います。私も浅く広い知識で書いたものですから、いくらか間違いがあるかもしれませんので、その場合はぜひご指摘いただければと思います。

  アイカツ!のネタバレも含んでいますので、未視聴の方は念のためシリーズ全178話すべてご覧になってからお読みいただきたいと思います。

 

 

 

 

 

クラシック界のマスカレード ~J.S.バッハヘンデル

 そもそもクラシック音楽の始まりを紐解こうとすると、今から400年以上前の話からスタートしなければなりません。そんなに文量を多くするつもりもないので、今回は超有名なヨハン・セバスチャン・バッハJ.S.バッハさんとゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルさんの話からスタートします。私たちが小学校の音楽などで習うバッハさんは大抵がこのJ.S.バッハさんです。ふたりとも、その卓越した演奏技術と理に適った作曲技術から、近代西洋音楽の礎を築いたと称されています。どのくらいすごいかアイカツ的に説明すると、この人たちがアイカツシステムを作りました。この人たちがいなければ後のアイドルはいません。現実的かつ究極的に言えば名曲『カレンダーガール』が生まれるキッカケを作りました

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J.S.Bach(1685-1750)

  17世紀から18世紀頃バッハさんの一族は高名な音楽家だったそうです。そんな一族に生まれたJ.S.バッハも教会の音楽指導者や鍵盤演奏家として活躍していました。

 バッハは地域に根付いて教会音楽家として従事していました。一方のヘンデルさんもバッハと同年代に生まれた音楽家でしたが、ヘンデルはヨーロッパを渡り歩き大衆オペラの作曲家としてその名を轟かせていました。

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G.F.Handel

  アイカツ!の世界観になぞらえると、地元で精力的に活動していたJ.S.バッハは星宮りんごで、大衆音楽を広く知らしめたヘンデルは光石織姫と、無理やり位置づけることができると思います。バッハとヘンデルは生涯音楽家で引退こそしなかったのですが、両者ともに「美しい西洋音楽」のイメージを作り出しました。この2人に憧れて、多くの人々が作曲家になることを目指します。そう、マスカレードを見てアイドルを目指した神崎美月や、神崎美月のステージを見ておしゃもじをマイクに変えた星宮いちごのように。

 

 ヘンデルはこの『水上の組曲が有名かと思います。年始の某格付け番組でよく聴くような。ヘンデルの楽曲群については、残念ながら現在演奏機会が乏しいです。

 

 J.S.バッハさんで有名な曲といえば、これ。新世紀エヴァンゲリオンの劇中でも使用されたチェロの曲、無伴奏チェロ組曲 第1番』*2

J.S.Bach作曲: 無伴奏チェロ組曲第1番

 

 

 

 

 

古典的西洋音楽のアイドル ハイドン

  クラシック界の神埼美月、それがフランツ・ヨーゼフ・ハイドンさんです。ハイドン交響曲の父と呼ばれていて、だいたい108曲ぐらいある*3と言われています。煩悩の数と同じですね。あとで紹介するベートーヴェンでも9曲しか書いていないので、とんでもない創造力だということがわかります。

 しかもその交響曲のひとつひとつは、主題と称された「ある決まった形で現れる音の列」をひとつのモチーフにして、いろんな形で展開しています。このことは後のクラシックに大きな影響を与えていて、だからそこハイドンベートーヴェンの時代へと至るまでに古典的な音楽の形式を確立した重要人物として挙げられているのです。

 ハイドン交響曲だけでなく、弦楽四重奏も有名です。彼が書いた弦楽四重奏のひとつは、現在のドイツ国歌に引用されています。その理にかなった美しさで、当時ハイドン国一番の作曲家と言っても過言ではないほど絶大な人気を誇っていました

 とは言うものの、ハイドンの曲はクラシックを漁ろうと思わない限り、触れる機会は多くありません。今ではすっかり、後の作曲家たちの人気の影に隠れてしまっています。それでも、次のピアノ曲ぐらいは知っているんじゃないでしょうか。

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 ところでハイドンは、同時代の鬼才たちと交流を深めていました。そのうちのひとり、モーツァルトとは互いに作った曲を献上して才能を称え合うほどの仲だったそうで。ひょっとすると、同じステージに立っていたかもわかりません。ちなみにモーツァルトは英語でフルネームを表記するとWolfgang Amadeus Mozartなので、実質WMです

 

 さて、このハイドンから音楽の手ほどきを受けた人がいます。聡明な読者の皆さんならお気づきでしょう。そう、かの有名な「運命」を作り出した作曲家です。 

 

 

 

 

 

ロマンの扉を叩いたクラシック界の星宮いちご ベードーヴェン

 誰でも知っているベートーヴェン。年末の第九交響曲はもはやジャパニーズ風物詩となってしまいました。世界では第九交響曲を年末に演奏する風潮はないとか。

 意外と知られていないのですが、彼の母親は宮廷料理人の娘で、料理も上手だったらしいのです。もちろん、お父さんがバッハというわけでもなく、はたまた弁当屋さんを営んでいたわけでもありません。さらに残念なことに、ベートーヴェンは父親から鬼の音楽教育を施されていたため、おしゃもじを持ち替えるどころか、生まれたときから楽器を手に取り、その神童ぶりを発揮させられていました。何が「クラシック界をつなぐ きらめくライン」じゃ、と思われるかもしれません。

 

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L.v.Beethoven(1770-1827)

 

 ベートーヴェンの評判が広まる最中、ハイドンベートーヴェンの才能を察知し、彼を門下に置いていた時期がありました。ハイドンも神崎美月同様に「ここまで登っておいで」と熱い指導を……注げていたわけでもありませんでした。実のところ、ベートーヴェンが門下になっていた時期があっただけで、ベートーヴェン自身はそれほど熱い指導を受けていたわけではないようです。ハイドンが売れっ子で世界中を飛び回っていたため、ベートーヴェンはやや放置プレイ気味だったというのがもっぱらの噂です。

 ここまでくると、もはや「もらうバトン」もないのでは。いえいえ、そんなことはありません。ベートーヴェンハイドンから何も得なかった、というのは早計です。というのも、ハイドンが書いた108の交響曲のエッセンスを、ベートーヴェンはふんだんに利用しているのです。シンプルに言うと理論的に描かれたクラシック音楽を、その型を保ちつつ、より叙情的にしたというところが彼の偉大な点だと僕は思います。例えば『交響曲第5番』の第1楽章。「運命」と副題の付けられた*4この交響曲は、冒頭の4音の形が繰り返し使われているにもかかわらず、非常にドラマティックな展開になっています。皆さんは、「運命」が、有名な冒頭の「4回」の音の組み合わせによって組み立てられていることに気づいていましたか? クラシック音楽は「その歴史を知って聴くとわかることがたくさんある」というところに魅力があります

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 ベートーヴェンは、死に際にハイドンの生家の絵を見て「こんな小さな家からあのような偉大な人が生まれたのか」という台詞を残した、という逸話があるぐらいです。彼はハイドンの音楽を聴いて「この人を超えなければならない」と直感していたに違いありません。そんな音のロマンが詰め込まれたベートーヴェン交響曲は、ハイドンの時代だけでなく、世代を超えて演奏され続けています。

  実は、このベートーヴェンの音楽のバトンを受け取り、産みの苦しみを味わった作曲家がいます。

 

 

 

 

 

遅咲きの後継者 ブラームス

 ブラームスが生まれたのは、ベートーヴェンの死から6年後。直接的な関わりがなかったものの、ブラームスの才能を決定づけたのは、彼の書いた最初の交響曲ベートーヴェンの第10交響曲だ」と揶揄されたところにあります。

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Johannes Brahms(1833-1897)

 ブラームスは、演奏家として早くから才能を見出されていましたが、作曲家としては非常に苦労しました。というのもこの人、いわばクラシック音楽のオタクでした。ゆえに、これまで挙げてきた作曲家とその古典的な音楽を崇拝しており、自分の作品が残すに値しないと判断するや否や、五線紙を破くようなことを繰り返していました*5。 

 その経緯について全て話すとなると、178話分などでは到底済まなくなってしまうので控えますが、ブラームスは最初の交響曲を完成させて世に送り出すまで、なんと約20年もかけています*6。参考までに、ベートーヴェンは「運命」を4年ちょっとで完成・初演を成功させています。いや、ベートーヴェンがバケモノってだけかもわかりませんが。兎にも角にも、ブラームスはめちゃくちゃ苦労しました。

 ブラームス交響曲第1番はこちら。「運命」の時代よりも、少し複雑な音の構成になっています。この曲の第四楽章、動画の38分頃から始まる部分を聴いてください。ドイツの山脈を彷彿とさせる、ホルンの長く大きなテーマが過ぎたあとの、弦楽器のシーンがとても重要です。というのも、この部分はベートーヴェンの第九で使われている音の形が頻繁に登場します。なんとなく聴いたことがあるんじゃないでしょうか。

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 実はブラームスとほぼ同世代の作曲家たちは、遅筆のブラームスを追い越して、どんどん交響曲を発表していました。シューマンブルックナードヴォルザークなどなど、有名な作曲家たちが我先にと交響曲の作曲活動に精を出していたわけです。それなのにどうして、後出しをしたブラームス交響曲ベートーヴェンの再来と謳われたのか。

 ブラームスがここまで時間をかけたのは、大空あかりが星宮いちごのオタクだったように、ブラームスもまたベートーヴェンのオタクだったからです*7。そして、自分がベートーヴェンのバトンを受け取る役割を担っている、と自覚してめちゃくちゃ努力したからなのです。「絶えずベートーヴェンのような巨人が、後ろからのっしのっしと歩いてくるのが聞こえる。その気持ちがどんなものか、君には見当も付かないだろう」なんていうブラームスの言葉も残っています。アイカツブートキャンプで涙を流したあかりちゃんを彷彿とさせますね。そのぐらいに、ベートーヴェンブラームスにとって神様のような存在でした。

 ブラームスはフィナーレにあたる第4楽章で、崇拝するベートーヴェンのモチーフを持ってきました。このあたりの推敲に5年を費やしたというのですから、驚きを隠しきれません。

 そんなブラームスの血と涙の結晶は、結果としてそれまでベートーヴェンを神格化していた聴衆たちの心にブチ刺さり、熱烈な歓迎を受けました。どのくらい熱烈な歓迎だったかって?アイカツ武道館ぐらいですかね*8……。

 

 

 

クラシックのSHINING LINE*はまだまだ続く

 さて、ここまでドイツ3大Bことバッハ、ベートーヴェンブラームスをなぞるような形でご紹介してきましたが、いかがだったでしょうか。ドイツ3大Bはアイカツであることを少しは感じられたかと思います。

 もちろん、ブラームスのその後にも、多くの作曲家がバトンを受け取り、次の世代へと渡しています。この先、僕の人生の推しである作曲家ラフマニノフが19世紀末頃に生まれてくるのですが、その話を始めてしまうと2万字は超えるので割愛させていただきます。ひとつだけ言えるのは、僕の人生の推しはもう死んでしまって会えないけれども、君たちの推しはまだ生きているはずだから、全力で応援してほしいということです。続きは気が向いたら書きます。

 こういうクラシックの歴史があるからこそ今の音楽があるわけでして、ヨーロッパから受け継がれてきた楽器とオーケストラという形式が、日本アニメ音楽の最先端であるアイカツの音楽をどう創り出すのか。2月10日(日)の演奏を楽しみにしようと思います。

 

 

 

 

*1:SS席チケットには楽譜も付いてくるらしい。

*2:この無伴奏チェロ組曲は全部で第6番まで存在しています。

*3:ぐらい、というのは、どうも名前を使っただけの偽作があるらしいからです。クラシック音楽の研究者は、本当にその作曲家が作った曲なのかを確かめる役目もあるのです。

*4:ベートーヴェンが付けたのではない、という説が今では主流です

*5:知り合いの作曲家の奥さんと恋に落ちてメンヘラになっていたりもしました。詳しくは自分で調べてね

*6:年数については諸説あり

*7:ブラームスは自室にベートーヴェンのフィギュアを置いていました。

*8:涙が止まりません