When you wish upon うた

歌に願いを

樋口円香という人

 

  

※この記事は、樋口円香とそのP-SSRカード「カラカラカラ」についてのネタバレを数多く含んでいます。ご了承いただいた上で、お読みください。

 

 

 

 

 

助走

 私が今ハマっているコンテンツのひとつに「アイドルマスター シャイニーカラーズ」(以下シャニマス)があります。このコンテンツの中に登場する、奇妙で辛辣な、ひとりのアイドルがいます。

 

 

 

樋口円香。

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尊い



 

 彼女は、283プロダクションが擁するアイドルグループ「ノクチル」のメンバーのひとりです。私はこのゲームを遊び始めたばかりではありますが、どうやら彼女もゲームに登場したのはごく最近の話のようです。私の知る限りですが、この樋口円香というアイドルはシャニマスに登場しているどのプレイアブル・アイドルよりもプロデューサーに対して当たりが強く、その敵意がむき出しになる瞬間がしばしばみられます。「ミスター・オールドタイプ」、「鳥頭」、「変態」・・・・・・浴びせられる罵声の数々から感じることのできる知性Sっ気が、オタクのマゾ心をくすぐります。またゲーム中に登場する選択肢とそれに影響する会話はすべて「本当にパーフェクトなコミュニケーションなのか・・・・・・?」という疑念を抱かされるものばかりで、全く心を開くそぶりのない彼女に頭を抱えて脳を蹂躙されるプロデューサーが後を絶ちません。

 

 しかし、うら若き女子に屈服することがこのゲームの主目的ではありません。シャニマスの目標は、プロデューサーとしてアイドルを成長させること、これに尽きます。ゲームを進めていくなかで垣間見える、樋口円香が持つ「誰にも打ち明けることがなかったであろう壁」――他者からのまなざし・期待に応えようとすればするほど自覚してしまう「身の程」競争のなかで自分が凡人であると知ることの恐怖*1 ――は、思春期に何かを追いかけて努力をしてきたことのある人であれば非常に強い共感を呼び寄せると思いますし、それを乗り越えた先に見せる樋口円香の台詞と表情に、プロデューサーは心臓を握られたに違いありません。

 

 恥ずかしながら、私は最初に樋口円香のWINGストーリーを見たとき、マジの涙を流してしまいました。外面は小難しいのかもしれないけれども、決して自分のなかにある可能性を自分で捨ててなんかいないんだ、ということが明らかになるシーズン4のプロデュースコミュで、私は樋口円香の圧倒的なアイドル性の虜になりました

 

 

 

 

 

「カラカラカラ」

 そんな彼女のP-SSR「カラカラカラ」*2 が先月実装されました。私も運よくガチャで引くことができ、幸運にも一発でTrue Endを迎え、語彙力を亡くす幸せな夜を過ごすことができました。

 

 しかし、手放しでは全く喜べません。問題なのは、腑に落ちない各コミュタイトル*3でしょう。これが、樋口円香とのやりとりをストレートに理解することを強烈に阻んできます。この「カラカラカラ」実装から1ヶ月が経とうとしていますが、このことは今なお多くのプロデューサーたちの頭を悩ませていると見ています。

 

 さて、私が今日この記事でお話ししようと考えているのは、その理解を手助けするいくつかの要素についてです。正しさを証明することよりも、各プロデューサーが「自分と樋口円香との世界を広げるためのツール」を提示することに、できるかぎり重きを置きます。

 

 話を始める前に、私が樋口円香をどう呼ぶかについてだけ示しておきます。プロデューサーはその圧倒的な “サンドバッグ力” から「円香」と下の名前で呼ぶことを許されている*4 ようですが、どこぞの馬の骨ともわからないオタクから「円香」と呼ばれるとなると、彼女も虫唾が走るに違いありません。そこでこの記事では、感謝と敬意を込めて、樋口円香のことを「樋口」と呼ぶことにします。ちなみにこの苗字は、私が親しかった「友達以上恋人未満だった」女性の苗字でもあります。私は全く非道徳的だなと思います *5

 

 

 

 

 

コミュタイトルを振り返る

 さて、多くのプロデューサーが樋口の心情を読み解くために考察を挑んでいるこの「カラカラカラ」ですが、SNS上でもやはり様々な解釈が見られています。先に、この「カラカラカラ」で見ることのできるコミュを今一度振り返ってみましょう。私なりの解釈もここに添えておきます。いずれのコミュでも選択肢によって、樋口からの拒絶感情・プロデューサーの心情を理解し難い様子のいずれかを見ることができ、一石二鳥です(?)。

 

 


『ニガニガ』

 「……挨拶なら(事務所に)来た時にしましたけど?」〔共通L.9〕と、ぶっきらぼうな態度の樋口と、テーブルに置いてあったコーヒーで樋口とまさかの間接キスをしていたことに気づいてしまうP、さらに追い打ちをかけるように流れるテレビ番組の音声がふたりの空気を最悪に……というコミュ。ラブコメを妄想しているPを数多く拝見していますが、実際のところは「……飲んでないですよね?」〔分岐後L.26〕「まさか……飲んだの?」〔分岐後L.25〕というやりとりのあとに、強烈な力で扉を閉めて去っていく樋口を観測することができます。身も蓋もない言い方をすると、Pがキモくてマジギレしている、ということが音と絵で見てとれます。

 唯一の救いがあるとすれば、「なんでこんなに苦いのを……」〔分岐後L.32〕と、食べ物という共通性を得やすい話題に至ってもプロデューサーのことを理解できない、ということをぼやく姿が観測できることです。樋口がプロデューサーの気持ちを理解しようとする気が全くゼロではないことが示唆されている、とも考えられはしないでしょうか。

 

 

 

『水、風、緑』

 撮影の下見に来た樋口とPが、河沿いを歩くなかで転びそうになり……というコミュ。いずれの選択をしても、転びそうになる樋口をプロデューサーが助けることになりますが、選択肢によっては誤って腰を掴むことになり「腰、掴むとか……許さない」〔分岐後L.40〕「……嫌、許さない」〔岐後L.42〕と壮絶な拒絶をされることになります。僕はこの腰を掴んでしまう選択肢が一番好きで、なぜかというと「でも、あなたに助けてもらうのは――」〔分岐後L.34〕というセリフが見られるから。この横棒部には「癪である」旨が放たれていたに違いありません。

 また、その選択肢とは別ですが、革靴は乾かせば大丈夫と現実的でないことを言うPを見て「……革靴はダメでしょ」〔岐後L.36〕とやや笑みを見せる樋口も印象的です。WINGプロデュースコミュでも散見される「徹底して現実を直視しようとする樋口」と「どこまでも夢見がちに生きるP」の対比が、ここでも見て取れます。共通部分で樋口が水と緑の空気を深く吸い込むシーンがあることも大きなポイントになると思います。自然を感じる"心"があり、彼女が単なるサイコでは決してない、ということが伺えるからです。

 

 

 

『掴もうとして』

 どの現場に行っても、絶対に一緒に帰ってくれない樋口。彼女の心を開けないことに失意に思いながら事務所でうたた寝をするPに「本当、あなたってダメな人……」〔共通L.42〕と毛布をかける仕草をする樋口……を見るという夢コミュ。現実に引き戻されると、やっぱり冷徹な樋口のようすが見て取れます。選択肢によって、実は夢ではなかったのでは……?という予感を感じさせます。裏を返せば、人に見られている間は自分の評価を上げるようなことはしないという徹底した姿勢が樋口にはある、ということを示唆してくれます。

 上述のセリフだけを見て「この人は私がいないとダメ」と “しずかちゃんスタイル” でPを愛らしく思う樋口円香像を抱いている方も散見されますが、僕がポイントにしたいのはその後の「――いつまで寝ているんですか」〔共通L.44〕と優しい顔をしながら樋口(夢)が放つセリフです。これは「いつまで夢を見ているんですか」と言い換えることもできます。『水、風、緑』でも見ることができましたが、この「カラカラカラ」の各種コミュには「夢見がちなP」が樋口にどう写っているのか、を考えるヒントが散りばめられていると思います。ところで、一体誰が何を『掴もうとして』いたんでしょうね。

 

 

 

『手すりの錆』

 樋口が本当にアイドルを続けてくれるのか……と疑念を抱くPが、樋口を信じる気持ちを再確認しようと、事務所と思われる場所の屋上でたむろする樋口に会いに行くコミュ。机に置いてあった自分のアイドル用サインをPに褒められた際に「いえ、適当に書いただけです」〔共通L.15〕と一蹴しますが、これが一発書きじゃないということは聡明なPたちには想像ができるかと思います。

 印象的なのは、カードに描かれた絵のリビールが「アイドルを続けていれば、ずっと一緒にいられるもんな」〔共通L.42〕というPの台詞の直後に訪れる、ということです「……さあ、どうでしょうか」〔共通L.43〕と肯定も否定もせず、どこか侮蔑すら感じられる眼差しでPをわずかに振り返ります。私はこの姿を見て、もしかすると、と思うわけです。この人は小糸ちゃんがかつて語っていた動機のように幼馴染メンバーと一緒にいたいからアイドルをやっているというわけではないのではないか、と。ややメタ的で恐縮ですが、「ノクチル」で用意されている"小道具"は、実はミスリードを誘うための装置なのではないか、と。

 ……思うような答えを得ることができずため息をつくPで、このコミュは幕を降ろします。ところで、手すりに錆が付くためには、なにかが触れないといけません。触れたあとに残るものが、錆です。なにか、というのは人の手だけでなく実際には水や空気も含まれるのですが、それらは本来であれば私達にとってフレッシュに感じられるもののはずです。繰り返しますが、触れたあとに残るものが、錆なのです。

 

 


『エンジン』(True End)

 現場から帰宅するPと樋口。初対面での行動を振り返りながら、どうしてそこまで私にするのか、と問う樋口に対して、アイドルとしての可能性を示そうとするP。頑なにその可能性を言わせないようにする樋口と、ストレートに攻めるPの攻防が魅力です。声を荒げてしまったあとの樋口の表情と声がたまりません。

 いつか自分の真価がわかる日がくるまでは共にいて欲しいと言うPに対して「とりあえず、あなたがこの車を止めるまでね」〔共通, L.48〕と返す樋口。このカードコミュの時系列について言及している方もいらっしゃいますが、それについて私が述べるとすると、私はこれがWING前の出来事であってほしいと思います。樋口が自身のアイドルとしての真価をWINGで感じられていたことを、私は願ってやみません。

 このTrueについては既に多くの感想文が投下されていまして、主に『エンジン』という単語について、樋口のパーソナリティと原動力につなげての考察が盛んです。ゆえに私から特段の何かを述べる必要はないでしょう。ただし、「あなたがそれをするだけの、理由が……」〔共通, L.23〕「私に――……」〔共通, L.24〕と述べているとおり、樋口がまだアイドルとしての原動力を自身に見出だせていないことは確かなようです

 

 

 

 

 

道徳と慟哭

 さて、ここまで見てやっとですが、「カラカラカラ」というタイトルについて改めて考えていきましょう。このタイトルはさまざまな解釈を含めることができ、多義的に思えます。漢字に変えると、樋口が抱く心の「空」っぽさや、善く生きることの「辛」さを表しているとも取れますし、思い出アピールLv.5にした際の「カラクレナイ」の「唐」とも考えられます。特にこの漢字は、最初からそこにあったものではなく外から持ち込まれたものであることを示すのに用いられますから、True End『エンジン』につながる漢字と見てもよいでしょう。

 他方で、擬音としての要素も多く含んでいます。たとえば、手すりを支えて等間隔に並んでいる鉄棒をなぎ払うように触れたときに響く音、回転する氷が不規則にグラスを鳴らす音、コーヒーの空き缶が転がっていってしまったときの音・・・・・・

 聡明なプロデューサーの皆さんは既にお気づきかもしれませんが、実は「カラカラカラ」というタイトルは、とある道徳教材 *6 に含まれている物語の題と同名です。その物語は「空き缶をポイ捨てする少年たちと、それを拾う男」の話で、「誰かがやらねばならないことだと理解しつつも、自分からすすんでできなかった経験」を例示して、他者や社会からの期待に応えるよう読者へ促す内容です。これまで見てきた樋口円香像が、最も苦手とするようなお話とも感じます。これは偶然でしょうか。もし偶然で無いとしたら、樋口のP-SSRにこのタイトルが付けられていることの重みに、私は慟哭せざるをえません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

着地・赤光

 最後に「カラカラカラ」が収録されていた道徳教材のサブタイトルを述べて、この記事を締めたいと思います。

 

 

 

 

 

『きみがいちばんひかるとき』

 

 

 

 

 

*1:もちろん、このあたりの解釈はプロデューサーそれぞれにあるでしょうから、念のため注釈をつけておきます。

*2:シャニマスを知らない方々へ説明すると、P-SSRはプレイアブルカードのなかで最上級のレアリティであり、そのアイドルについての核心につながるストーリーや “プロデューサー冥利に尽きる” コミュニケーションを見ることができるカードです。

*3:「コミュ」というのは、カードごとに用意されているゲーム中の会話イベントを指します

*4:出会った当初、樋口が浅倉透を「悪徳なアイドル業界」から守ろうとしていたことを考えると、この樋口とPの関係は奇妙に思われます。しかしながら、樋口が幼馴染たちと一緒にいることについて語った『・・・・・・好きとか嫌いとか、あえて考えたりしませんね』〔手すりの錆, l..39〕という言葉こそ、意外にも彼女とPの関係をよく表しているのかもしれません。

*5:先に述べますがこの注釈は本記事のネタバレを含みます。どうしても伏線として使用したかったため、このようなガチ恋的表記にしてしまったことを全国津々浦々の樋口円香Pはどうかお許しください。私はシャニマスPのような人格者ではございません。私には樋口円香を幸せにすることはできない、とプロデュースするたびに痛感するのです。けれども、Pなら、あの世界線の彼ならやってくれるのかもしれない……そう信じて、私はWINGを繰り返すのです。

*6:https://www.mitsumura-tosho.co.jp/kyokasho/s_dotoku/index.html